1章 夏風が運んだもの 1節

Nearly Angel ~ 二人の時間をいつまでも

1章 夏風が運んだもの

1話 capriccioso ~ きまぐれに

「悠里さん、起きてます?」
「んにゃー、起きてます」
「お、おおっ、これが噂に聞く猫モード……!悠里さんの可愛さとわがままさが垣間見える、非常に破壊力の高いモードだと聞きました!!」
「……だって、テスト期間中はゆたかに会えないんですよ?死にます…………」
「スマホのトークアプリで話せばいいじゃないですか。そのためのスマホですよ!文明の利器は活用しないと宝の持ち腐れというものです!」
「でも、そうするといつまでも話しちゃいそうで……ボクが勉強できないのならともかく、ゆたかの勉強を邪魔しちゃう訳にはいきませんし」
「なるほど……ままならない世の中ですねぇ」
「ままならないです……」
 テスト期間中、学校に居残りすることは許されないので、近くの図書館でボク――白羽悠里と、友達の大千氏未来ちゃんは勉強をしていました。
 ゆたかとは、ボクの大切な人のこと……ただ、呼び捨てにはしていますが、一年上の先輩であり、一緒にテスト勉強をすることはできません。……優しいゆたかなら、自分の勉強時間を削ってでもボクの勉強を見てくれそうですが、それではいけないのです。
「しかし、暑い上に勉強しなきゃなんて地獄ですよね。ふぅっ……公共施設はどこも節電節電で、そこまで涼しくないのが辛いです……。あっ、いえ、エコは大事ですけどね!はいっ!!」
「未来、別にボク、責めてないですよ」
「なははっ……そうでしたか。けど、こうやって無理にでもテンション上げなきゃやってられませんよ、本当に」
 未来は、いつもは割りと落ち着いた感じなんですが、仲のいい常葉さんや、ボクの前だと結構弾けてます。普段、抑えているものが出てきているのかもしれません。
「しかし、申し訳ないですね……。私、あんまり勉強を教えるのは得意ではなくて。なんかもう、自分一人で勉強するのがやっとでして……」
「いえいえ、でも未来が問題を解いている姿を見ているだけで、勉強になります」
「そうですか?そう言ってもらえると気が楽です……悠里さんと一緒に勉強をすると言ったのに、結局私の分だけの勉強が捗っていたー、では罪悪感しかありませんから」
 はっきり言うと、未来もあまり勉強が得意な方ではありません。なので、あんまりこの勉強会は有意義ではないのかもしれませんが、少なくとも一人で机に向かうよりはまだマシな気がします。
 ボク一人だと、問題集の解説を見ていても、いまひとつ解き方がわからない、っていう状況はありますし。
「ところで未来、常葉とはその後、どうですか?」
「お、おおっ……いきなり常葉さんのことをぶっ込んできますか」
「ボクもゆたかのこと、ちょっと話したじゃないですか」
「……あれ、話す内に入ります?まあ、友達のことを話すぐらい、簡単なものですけど。ボイスドラマ、結論としてはすごく好評でしたよ。あー……すごくっていうのは、軽く盛ってしまったかもしれません。やっぱり、最後まで課題として残っていた、私の声がいまいち萌えないっていうところと、常葉さんの演技が背伸び気味だった、っていうのは突っ込まれちゃったりもしました。……台本のせいにはできませんが、もう少しだけ、私たちが演じやすいキャラクターなら、もっといい感想をもらえたと思います。――とはいえ、それまでできなかったことに挑戦するからこそ、行動を起こす意味がある訳でして。結果として、大満足でしたよ」
「そうですか……!それは本当によかったです。なぜか未来、そのことについて教えてくれませんでしたし」
 未来は実はネット上ではナレーターとしてのお仕事をしていて、常葉は声優を目指しています。そこで、二人は自分たちの技量を上げるため、ボイスドラマを製作していて、ボクとゆたかもそれにアドバイスをさせてもらっていました。
 そして、無事に完成したデータをもらえたのはいいんですが、それ以降は不思議と音沙汰がなく、実際にネット上に公開してどうだったか、ということは教えてもらっていなかったんです。
「い、いやあ……テスト前なので、雑念になるかな、とも思いましたし。……正直言って、ですね。もっと話題になってもらいたかったのですよ。少なくとも、今の私たちがやれるだけのことはやりました。……力を尽くしたのに、思ったよりもその結果が芳しくなかった場合。まあ、ちょっとは凹むじゃないですか。そういう訳で、ちょっと自分の気持ちに整理をつける時間を必要としていたのでした」
「……そうでしたか。あんまり触れられたくないことに触れてしまったようで、ごめんなさい」
「いえっ……!私としても、そろそろ誰かに言いたい頃合いでしたから。――あっ、ちなみに常葉さんは、それでもすっごい喜んでましたよ。……まあ、ナレーターとしての実績がある私と、初めてネット上に声を公開した常葉さんでは、求めているものに違いがあって然るべき、ですが」
 未来はちょっと切なげに笑って、ノートに目線を戻しました。
 その姿を見て、ボクはなぜ未来とこんな風に仲良くできているのか。……いや、そう自分から望んでしているのか、ということがわかった気がします。
 こう言うのはおこがましいかもしれませんが、ボクと彼女は似ているように感じました。
 ボクは、フルートの奏者として、既に世界的な評価を受けています。それだけを見れば、実に華々しい活躍……そう言うことができるのでしょう。
 ですが、ボクはただただ、その演奏技術の正確さが褒められるばかりで、なんだかそれは自分の演奏が打ち込み演奏のように、ただ正確なだけのものなのではないか。……正確さは褒めてくれても、ボクの個性というものを評価し、好きだと言ってくれる人はいないのだろうか。……そんな不安と、不満に襲われることが少なくはありませんでした。今だってそうです。
 初めは、ただ褒めてもらえるだけでも嬉しかったのに、褒められれば褒められるほど強欲になるもので、“もっと”を求めてしまうんです。……きっと、未来もその“もっと”が欲しかった。でも、もらえなかった。
 そして、自然と常葉と自分を比較してしまったんだと思います。
 常葉は、あまり芸能界に詳しくないボクでもよく知っているほどの子役女優でした。高校生になった今でこそ引退していますが、現役時代は連日テレビに出ていて、その愛らしさで多くの人を虜にしていました。
 ところが、成長してしまい、愛らしさからかけ離れていく容姿を捨て、声優を目指している今の彼女は、多くはない好評の声を素直に喜んでいます。
 常葉の方がむしろ、役者としてのプライドは高いはずなのに、声優として自分が評価を受けていることを喜べている。……そんな彼女とのギャップに、未来はショックを受けたんでしょう。
「未来。これは、前にゆたかから聞いたことなんですけど……」
「はい?」
「悔しいって思えるのは、ハングリー精神がある証拠です。……負けることに慣れない限りは、強くなる余地があるんだそうです」
「お、おおっ……なんだか、ゆたか先輩から出てくるのは意外な言葉ですね?」
「そうですよね。でもゆたか、いくら手先が器用と言っても、最初からプロ級の腕前があった訳じゃなく、当初はドールの小さな衣装を縫うのに相当、苦戦していたんですよ。そして、もっと上手い人と比べて、すごくショックを受けて、もう自分がやっている意味はないんじゃないか、って落ち込んじゃって……」
「……今の落ち着きっぷりからすると、信じられないですね。申し訳ないながら、今のゆたか先輩だと『生まれ持っての才能の違いだから仕方がない』って感じで合理化しちゃいそうですが」
「ゆたか自身、今だったらそうなるって言ってました。……でも、今そうなるのは、自分がもうやれるだけのことをやって、たどり着ける一番高いところに来ているつもりがあるから、だそうです。なので、そうやって嘆くのはもうそこで倒れても悔いがない、っていうところまで行ってからにしよう、って。……あっ、別に今の未来が本気じゃなかったとか、そう言うつもりはないんですよ?」
「わかってますよ。ありがとうございます。……でも、そうですか。なんというか、すっごく熱いですね。それ、中学の時に思ったことですよね。当時のゆたか先輩に会ってみたいかも……」
 ボクもそう思います。
 今でこそゆたかは、すっかり落ち着いて、本当に大人のような貫禄がありますが、誰だって挫折を知って、それでもがんばっていた時代がある訳で……もし、今のボクがその頃のゆたかに会えたのなら、むしろボクの方がお姉さんとして振る舞えるんだろうか……なんて、思いました。……自意識過剰ですかね。
「――さ、休憩も十分できましたし、もうちょっと、がんばりましょう」
「あははっ、悠里さんもすっかり元気になりましたね。さっきまでのだらけて寝てた猫モードはおしまいですか?」
「猫は気まぐれですからねー。というか、ボクは猫じゃありません。忠犬です」
「それは否定しませんけどね。とっても可愛いワンコさんです」
「わふっ、わふっっ……!!」
「わ、わぁっ!?ちょっ、ちょっと、不意打ちで萌えさせるのはやめてくださります!?私、常葉さんの可愛いのには耐性ありますけど、悠里さん耐性は低いですよ!?」
「えへへーっ」
 ごめんなさい、未来。いつもはゆたかをこういう感じで戸惑わせるんですが、今日はその代わり、です。
 ……でも、これはこれで楽しいので、癖になってしまいそうです。
「う、ううっっ……なんだか、悪い顔をしているような……私は善良な一般市民なのですから、お手柔らかにお願いしますよ……?」
「考えておきますっ」
「前向きに!ちゃんと前向きに検討してくださいね!?」

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