2章 吹奏楽部の白銀笛姫 5節

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 吹奏楽部は完全下校時刻の直前まで練習しているのが大半だ。
 別に悠里が来ていることを確認した訳じゃないけど、私は部活の連中との最後の晩餐(という名のオタ語り)をして、その時が来るのを待っていた。
 というか、ちょっとカッコつけた感じで生徒会室を出てきたっていうのに、その直後にめっちゃ早口でドールの好きなとこ語ってるってどうなんだ、私。自己矛盾をどうにもできなくて爆発しそうだぞ、私。
「じゃあ、姫、続きはファンクラブサイトで!」
「はぁ、結局、物理的な集会場所が必要だったのか疑問なんだけどな……」
「まま、対面で姫の可愛さを拝みながら話すのが大事だったって訳で」
「最後の最後に人死にを出すのか?この部活は?」
「じょっ、冗談ですから!!」
「冗談は顔と嗜好だけにしとけ、斉木。微妙に苗字被ってる分際で」
「ひー、苗字はどうしようもないでしょう、苗字は!」
「うっさい。…………ま、みんな、元気でね。これから廊下とかで会っても基本無視するから」
「そりゃないっすよ……でも、お元気で、姫」
「ん、じゃっ」
 結局、いつまでも「姫」呼ばわりで、一度たりとも部長だとか、立木先輩だとかは呼ばれなかった気がする。
 でも、外から見れば異様な「姫と従者」の関係も、現実の女性と接する機会というのが極端に少なく、内心ではかなり気後れしてしまっていたであろう彼らにとっては、その特別な関係性を作り上げることで、接しやすくなったいたのではないか、と思う。
 ……いや、もっと単純に私を姫扱いして楽しんでいたのかもしれないけど。もしくはドMどもだったのか。
 でも、最後に私が部室に出て、鍵をかける。そして、鍵を職員室まで返却する……その最後の最後まで、全員が私を見送ってくれた。
「さ、もうあんたたちは帰って。私はちょっとこれから用事があるから」
「用事って、もう下校時刻じゃ?」
「まあ、いいじゃない。……後、もう敬語とか姫扱いとはいいから。部活なくなってまでそれが続いてたら、異様を通り越してキモいし」
「うっ……立木さんにキモいって言われた……う、うれしっ…………」
「………………惨劇をご所望か。あんたらは惨劇を回避したいとは思わんのだな?」
「いっ、今までありがとうございました!これからもドールの衣装は頼んます!!」
「部費がなくなるから、材料費とか自腹でなー……」
 さっさと部員を散らして、また部室棟を上がっていった。
 少し、ドキドキする。いや、少しは強がりだ。めっちゃドキドキする。というかやべーって。マジやべー。
 どんな顔をして、まず第一声はどんなことを言って、彼女と会えばいいのか……なんだか、いざやるぞ、と決めた瞬間、自分がストーカーか何かのように思えてきた。
 でも、私たちはあの時、友達になったんだ……友達が一緒に帰るのは普通のことだ。そうなんだ、そうなんだけど…………。
「マジやべぇ…………」
 語彙力を崩壊させつつ、吹奏楽部の部室を睨みながら壁にもたれかかった。……我がノミの心臓が憎い。別にスピーチとかでは緊張しないけど、ただ一人の一年生の女の子に会いに行くだけで死ぬほど緊張する。
 まだ、演奏は聞こえている。でも、たぶん曲はもう終盤だ。最後の通し練習、といったところなのだろう。いつ演奏が終わり、部室の扉が開かないか……無限にドキドキしながら待ち続けて、演奏が終わると同時に、私の心臓も止まりそうだった。
 でも、扉が開く音を聞きながら私は、まるで偶然、そこに通りかかったかのように部室前の廊下を歩いて、悠里の姿を探す。いや、そこは偶然を装わなくてもいいだろ、というか、バレバレだろう、私。
 しかし、最後に部長らしき人が出てくるまで、悠里は……現れなかった。
「あの、部長さんですか?」
「うん、そうだけど、あなたは……第二手芸部の!」
「…………立木です」
「そう、立木さん!やべーやつ!!」
「しゅげーやつです……」
「そうそう、手芸だからしゅげーんだよね!!」
「…………はい」
 あかん、なんやこの公開処刑。というか、自分から称号を言うって、なんなんだ私は。私こそドMか?
 って、違う。悠里相手には緊張したけど、初めて会う人には逆に緊張しない。きちんと悠里のことを聞こう。
「えっと、悠里……白羽さんって今日、休みなんですか?」
「白羽さん?立木さん、白羽さんの友達だったんだ。彼女、オタっけなさそうなのに意外……」
「ちょっとした縁で」
 というか、覚悟はしてたけど、大して私を知らない人に対してもオタとしては伝わってるんすね。いえ、覚悟はしてたので、ちょっとしか傷ついてないです。
「それで、白羽さんよね。今日は来てないのよ。まあ、練習の必要もないほど上手いって言えばそれまでなんだけど、吹奏楽ってやっぱり全員でやってこそ、見えてくるものもあるものだから、やっぱりちょっと変な感じで。学校自体には来ていて、同じクラスの子が真っ先に教室を出ていったのは見ているんだけどね。まあ、何か用事があって帰ったのかしらね。誰にも欠席を伝えなかったけど、まああの子、基本無口だし」
「……そうですか」
「待っていてあげてたの?じゃあ、残念ね」
「いえ、私も部活をやってたんで」
「そうなの」
「ええ……ありがとうございました。では、さようなら」
「さようなら。もう外も薄暗いから、気をつけてね」
「先輩こそ」
 部長さん、ごめんなさい。今日、悠里がいないのはもしかしなくても私の余計な入れ知恵のせいだと思います……。
 しかし、部長の口ぶりだと悠里はサボりの常習犯という訳ではなさそうだし、よりによって私が決心し、廃部を決めた日に限ってサボるとは……悪いことはできないというか、因果応報というか。いずれにせよ、きっともう帰ってしまっているんだろう。
 仕方がないので、莉沙と合流できないかな、と私も下足室へ向かった。すると、一年生の方の下駄箱で、何やら人だかりができている。構成しているのはみんな吹奏楽部の一年みたいだ。
「どうしたの?」
 普段の私なら、こんなお節介は焼かないんだけど、一年生の下駄箱というところが妙に引っかかった。
「あっ、えっと――」
「白羽さんの下靴がまだあるのが不思議だな、って思ったんです」
 私も要領が悪いもので、一番おとなしそうな子を選んで声をかけてしまった。どことなく悠里に雰囲気が似ていたからかもしれない。すぐに別の活発そうな子が代わりに教えてくれる。というか見た目、陸上部にでもいそうな元気っ子だな、彼女。
「ということは、まだ帰ってないんだ……。私、白羽さんの知り合いなんだけど、ちょっと心配だから校舎見てくるよ。みんなは帰っておいて」
「ありがとうございます、先輩」
 それにしても、わざわざ悠里の靴を確認するなんて、妙に彼女たちも律儀というか……まさか、悠里に嫉妬して靴を隠そうとでもしていたんじゃあるまいな、という小学生のいやがらせ並のことを考えて、一瞬彼女らを疑ってしまった自分が憎い。単純にみんなもう帰っている時刻だから、ひとつだけあったローファーが気になったんだろう。たぶん、悠里に隣接する下駄箱を使っている部員がいるんだ。
 しかし、脱ぎかけた上靴を履き直して、私は直感的に思った。
 ――これはきっと、大冒険になる。この広い校舎の中から、生徒を一人見つけ出すなんて、数十分で済めばいい方……言っている内に完全下校の時刻になる。すぐに校舎が施錠されることはないだろうけど、そこまで来てしまったらアウトだ。
 でも、と覚悟を決めた。元はと言えば、私が撒いた種。もう少し相手を見て言うべきだった。きっとあの子は呆れるほど純粋で、私によく似ていた。だから、サボるという決断をしたのが私と同じ今日という日で……上手なサボり方を知らない彼女は、堂々と無断でぶっちしやがった。しかも、家に帰る訳ではなく、校舎に残っている。
 自分の責任は自分で果たそう。私に上手な悪魔役なんてできるはずもなかったんだ。そう後悔しながら。

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